第4章 愛しき余香【五条視点】★
よくよく見ると、ゆめの目が充血して瞼が腫れているのは泣いたせいか。
それらのすべてが、先程の出来事が夢ではなく現実であったことを如実に物語っていて、こちらも思い出して恥ずかしくなってしまった。
「悟様……また熱が上がりますから、大人しく休んでいて下さい」
指摘しつつも、いつもの彼女より迫力に欠けるのは、顔が恥じらいに染まっているからだろうか。
僕となかなか視線を合わせないようとしない。
手の甲ですべすべの頬を撫でると、じんわりと上がる彼女の体温を感じる。
「ゆめ、返事はくれないの?」
ねだる口調で様子をうかがう。
少しの沈黙があった後、
「……近々、悟様の元から去ろうと思っていました」
下に視線を向けたまま、ゆめがポツリと呟いた。その一言に、正直、自分の耳を疑った。
嫌われてはいないだろうと思える様子と裏腹に、自分から離れようとしていたことに衝撃を受ける。
ズキズキと頭痛がするのは、熱だけのせいではない気がする。
ただ、彼女は聡い女性(ひと)だ。色々考えた結果なのだろう。
「僕の世話を焼くのに嫌気が差した?それとも、こんな情けない当主には付いていけないって愛想を尽かした?」
ストレートに、自分のことが好きか嫌いか聞けない臆病加減に己でも呆れる。
僕の問いに、黙ってゆめは首を振った。
一度口を開きかけて俯き、言葉を選びながら彼女は答えてくれた。
「私がいることで、悟様はいつまでも私を頼ろうとするでしょう」
それでは困る、と彼女の声が厳しさを帯びる。
「万が一、私があなたの弱みになるなんてことは言語道断、いざという時は、当主として私を切り捨てられるくらいの気概がないといけないのです」
理屈は分かる。
何かの策略で側近の彼女に罪が着せられた場合、無罪を証明出来ない時は、手打ちとして何らかの処罰をしなくてはならない。
名家としてのメンツと体裁を守るのは当主の務めだ。
だが、心から守りたい者がいなくなった五条家など、僕にとっては空箱も同然。
家は人だ。見た目は立派でも、中身がないものをどう守っていけというのか。
「僕は、君がいないと生きていけない」
どうしたら、この身さえ灼き尽くしそうな想いが彼女に伝わるのだろうか。
→