第4章 愛しき余香【五条視点】★
【五条視点】
不覚を取った、としか言いようがない。
冬の極寒の東北への任務で、関東の装備で行ってしまったことが悔やまれる。
「珍しいな、五条が風邪ひくなんて。真冬だけど雨でも降るかな」
一時凌ぎの薬を受け取りに医務室へ行くと、硝子に鼻で笑われた。
目隠しの布をズラして測定終了の音が鳴った体温計に視線を移す。
予想していたものと近いその数字に、思わず溜め息が出る。
「38.8℃か……今、昼過ぎたところだから夜にもう少し上がるかもしれないね」
体温計を覗き込んできた硝子が追い打ちをかけてきて、ゲンナリとした。
額を手で抑えて、「最高級の日本酒一升」と僕が口走ると、彼女は一瞬の間を開けてニヤッと笑った。
取り引きを察したようだ。
「午後の任務出れないの、私から伊地知に言っておくよ。熱が39℃以上あるって、少し盛ってさ」
それは助かる。
医者から言った方が信憑性あるだろう。
「ついでに、五条が動けなくなってるって夢野さんにも連絡入れとく?」
さすが旧知の仲。僕の風邪を最短で治す特効薬をよくご存知で。
以前にも風邪で高熱を出して3、4日動けなくなった時、ゆめが高専までわざわざ来て、身の回りのことを一通りこなして帰っていった。
いつまでもおんぶに抱っこと周りから言われようと、彼女が拒否しない内は頼ってしまうだろう。
硝子が高専生の時からゆめと知り合いで、顔パスな点も影響している。
各所に連絡した後にお昼食べてブラブラしてくるから少しベッドで休んでな、と言われ、硝子から市販の総合感冒薬の箱がヒョイと投げ渡される。
冷蔵庫からペットボトルの水が取り出されて、彼女の手で無造作に僕の熱い額に押し付けられる。
その心地よい冷たさに浸りながら、ありがたく受け取った。
「その薬、眠くなる成分入ってるから寝ていきなよ」
片手を挙げて「じゃあね」と颯爽と医務室を出ていく白衣の後ろ姿を見送りながら、重だるい体を引きずって白一色のベッドにその身を横たえる。
熱は高いが、まだ吐き気は出ていないから、薬を飲んでも大丈夫そうだ。
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