第3章 花氷【夢主視点】
凍てついた花が氷解して再び咲き誇るように、あなたと過ごす時間だけが、私の心が綻び、華やぐ唯一の時間だった。
――そこまで回想したところで、夏油さんが泊まる部屋の前まで辿り着く。
毎年世話になるね、と言いながら彼は部屋のドアノブに手を掛けた。
ドアを開けてから、お互いの間に沈黙が訪れた後、相手がこちらを振り返る。
「悟はさ、高専では教師もしてるから普段はしっかりしてるし、一通り卒なくこなせる天才肌だよ」
私も高専時代はその才能に嫉妬した、と。
遠くを見るような目で夏油さんは苦笑を浮かべた。
大人になってからは、お互いがお互いを羨ましいと感じていたことを知った。
時が経たないと視えてこないものもある。
今は昔と同じ、良い関係を築けていると思う。
そう語った後で、今も悟様と親友でいらっしゃるその人は、意地悪な笑みで問いを投げかけてくる。
「子供みたいに振る舞う姿と……どっちが本物の悟なんだろうね?」
愚問。
私にとっては、ただお一人。何にも変え難い、唯一無二の方である。
「私は、どちらでも構いません」
迷いなく答えた私に、呆気に取られた後、夏油さんが眉尻を下げた。
「悟は、ああ見えて寂しがり屋だから。よろしく頼むよ」
その言葉に、私は否定や肯定の返事もせず、深々と頭を下げる。
ドアが完全に閉まって彼の姿が見えなくなるまで、私は頭を上げることが出来なかった。
近い内に悟様の元を離れると、決めたから。
花氷 END.