第3章 花氷【夢主視点】
「まずは、長年横領していた女中頭の首を切ったから、後釜にゆめを据える」
やってくれるね、と有無を言わせない響きを伴った命令。
「……拝命しました」
そこまで言うなら、新たな御当主様のお手並み拝見といこうか。
受命に、うやうやしく頭(こうべ)を垂れる。
そこで、悟様がプハッと息を吐き出してから、息を深く吸い込んだ。
「はぁーあ……みんなの前では立派にするからさ、ゆめの前では今まで通りでいい?」
さっきの緊張感は何処へやら。
糸が切れたように、へにゃっと相好を崩す彼の様に、心の中のやわらかい部分がじわりと熱くなった。
無防備で緊張感が一切無い、この彼の笑みを見ることができるのは、私の他にいるのだろうか。
フッ、と自ずと口端が上がるのを自覚する。
「今まで通りに我儘が過ぎると、私に寝首をかかれるかもしれませんよ」
「えー……お、お手柔らかに……」
私の返答に、悟様がしどろもどろになるのを見て、このやり取りはあと何年続けることができるかと思いながら、二度と来ないこの瞬間を心に刻みつける。
「悟様」
おそらく、私はあなたが好きです。
この胸に込み上げる温かさが愛ではないというのなら、私があなたに抱いているこの感情の説明がつかないのです。
「一刻も早く一人前の御当主様になって下さい」
お互いの関係がどのようなものであっても、あなたの幸せだけを願っております。
「私の仕事が増えすぎると倒れてしまいます」
あなたの平穏を守るためなら、あなたが望まなくても、いくらでもこの身を粉にし、手を汚すでしょう。
家業のために、疾(と)うの昔に罪悪感など捨てたけれど、唯一、あなたの悲しむ顔を見る時だけは、凍ったこの心が軋んで痛む。
あなたの笑う顔を見る時だけは、この無機質な心に血が通う。
一族の道具として散るはずだった私が、人の心を保っていられるのは、全てあなたのおかげ。
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