第3章 花氷【夢主視点】
五条家の身内の中の障害になる者たちの失脚を企て、必要とあらば意図した偶然の死を。
他の名家に静かに食い込み、長年にわたって根回しして達成されし悲願。
正統な後継者が当主の座につく、五条家の晴れの日。
我々の手が如何に血塗られているか、その座が何人の屍の上に突き立てられた椅子か、そんなことは悟様は知らなくて良いこと。
何も知らずに幸せでいて欲しいと、切に願った。
彼が当主になった今、羽休めに長い長いお暇を頂くのも有りかと考えていたところ、その矢先に悟様から呼び出しを食らった。
「君の手はもう汚さないで欲しい」
私の瞳を真っ直ぐ射抜いた彼の視線が余りにも真剣で、必死さを秘めていた。
「引き継ぎとして、今までのゆめの報告書を読んだ」
苦労をかけてすまなかった、と目を伏せて呟いた彼の言葉には何も感じなかった。
幼い頃から“それ”が私の日常であるから、謝罪を受ける謂われもない。
「御当主になったのですから、簡単に頭を下げないで下さい。私が手を汚さなくても、他の者の手が汚れるだけです」
「そういうのは、僕の代で終わらせたいと思っているんだ」
彼が当主になってから初めて掛ける言葉が、説教じみた内容になろうとは。
しかも、その座に着いて、早速理想論をかざすか。
とんだ甘ちゃんの御当主様に、自然と乾いた笑いが洩れる。
我が一族が暗躍し、五条家にすべて捧げてきた歴史を思い返して侮蔑の眼差しと嘲笑を向けたが、目の前の主は一切動揺しなかった。
あまりにも大それていると思うかもしれないが、と彼に前置きをされた。
「僕は、五条家と呪術界を変える」
静かに、けれど力強く宣言する。語る彼の瞳に嘘偽りはなく、強い意志の光が宿っていた。
「だから、僕を信じてゆめに着いてきて欲しい」
まずは手堅い仲間が必要だと、悟様がそっと壊れ物を扱うかのように私の両手を握った。
いつの間にか、身長だけでなく手の大きさも私を超えていた。
温かく、優しく、私の汚れた手を包む、綺麗な手。
とくん、と自分の感情が動く気配がした。
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