第1章 尻尾は振らない【五条視点】
「1時間置きに着けない理由を聞いてきて、私の仕事の邪魔をしたのは誰ですか?」
好きな人にせっかく渡したんだから、着けて欲しいのが男心だと思うんだけど。
じっとりと非難が含まれた視線を受け、僕はゆめの髪からパッと手を離した。
彼女は手強い。
自分が並より顔が良いのは自覚しているし、名家の当主で、呪術界では“最強”の名を欲しいままにしている。金も権力もある。
他の女の子ならすぐ手玉に取れるのに、ゆめだけは、僕に絶対に尻尾を振らない。
鉄壁の守りと氷の微笑みで口説き文句も撥ねつけられる。だからこそ、子供の頃から世話係として任命されたわけだが。
幼い頃から人生イージーモードで、正直根っからのクソガキだった僕をある程度矯正したのはゆめだった。
ゆめは傍から見れば普通の女性だが、その正体は五条家の裏の部分……様々な後始末や諜報を担う、代々仕える夢野家の娘だ。
ある日、不満の溜まった彼女から寝首をかかれる日が来るかもしれないなと想像して震えたこともある。
五条家の当主を継ぐ時、
「君の手はもう汚さないで欲しい」
と、家業から足を洗わせ、女中頭兼当主代理として据えた。彼女の手腕もあったのか、五条家のナンバー2になっても不平不満は他の親戚からも出てこない。
ただ、今も家業の腕は衰えていないと思う。
親戚同士の集まりで、あらぬ方向から飛んできた刃物を表情一つ変えずに黙って座布団で受け止め、小さい子供が犠牲になるのを未然に防いだ。
返す刀で彼女が投げた刃物が刺さり、五条家に恨みを持つ犯人があっという間に確保された一幕があり、僕の懐刀としてゆめの名が広まった瞬間だった。
「悟様」
君に名前を読んでほしいから、わざと出来が悪い姿を曝している。
本当はこんな書類の山、本気でやれば1時間も掛からないで処理できる。
君と2人で過ごす時間が欲しくて仕事の処理を遅くしているのに、気付いてくれているだろうか。
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