第1章 尻尾は振らない【五条視点】
【五条視点】
ゆめは僕と年が近いながらも五条家の女中頭であり、僕の側近の一人でもある。
僕が当主になった今、僕が不在の時は当主代理としても采配を振るう女傑だ。
「ねー、ゆめ」
「ダメです」
「僕、まだ何も言ってないけど」
「ねー、で始まる時、悟様はロクなことを言い出しませんよね」
貴重な休日、当主でないと処理出来ない書類の一山を見て溜息を吐く。
机に突っ伏したままペンを放り投げると、ゆめが眉間に皺を寄せて見つめてくる。
紙、サイン、紙、確認、サインの繰り返しで早くも1時間弱。飽きたので、いい加減休憩したかった。
「ゆめが膝枕15分してくれたら2時間頑張る」
「1時間も座っていられないのに?」
「えー……僕、1時間は座ってたでしょ」
頑張ったご褒美くれないのか、と片頬を膨らませて彼女を見つめる。
溜め息とともに、氷点下まで下がった冷たい視線を向けられて、冗談抜きでゆめが怒り始めていることを察して姿勢を正す。
そもそも、と彼女の説教が始まったので、聞き流しながらゆめの顔を見つめた。
僕が高専で呪霊の祓除の任務を受けている間、当主代理として雑務の全てはゆめがやっている。
書類整理も大体は彼女が目を通して、当主の僕が目を通さなければいけないものを最小限の枚数に抑えている。
彼女の給料に特別手当は付いているものの、正直、割に合っていないと思う。
だが、住み込みだし、お金があっても使うタイミングはそんなに無いから手当は上げなくて良いと彼女から申し出があった。
その代わり、高専からこっちへ帰って来るたびにお菓子や髪飾りなど小さいものを労いとして渡してきた。
ゆめを見つめながら、今日の彼女の髪留めが一昨日僕が渡したものであると気付いてニヤけてしまった。
「悟様、聞いてます?」
「ゆめ、この間あげたやつ着けてくれてるんだね」
僕の顔を覗き込んできて、前屈みになっているゆめのサラサラとした髪に触れる。
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