第3章 花氷【夢主視点】
【ゆめ視点】
悟様のご友人の中で、「夏油傑」は油断ならない人間として認識していた。私の経験からくる、単なる勘だ。
この人は他人の心理を読むことに長けている。
人の感情の機微を細かく感じ取り、巧みに対応を変えてくる、大変器用な御仁だという印象を持っていた。
「夢野さん、私は婿養子もいけるけど……どう?結婚しない?」
「お気持ちだけで結構です」
「相変わらず難攻不落で、ツレないね」
「お褒め頂きまして光栄です」
この男性は人好きのする笑顔を浮かべながら、心にも思ってもいないことを口にして相手の動揺を誘うのが手口。
こちらの心の動きを探るような視線を、微笑んだ細い目の奥から感じていた。毎年の事なので、もう慣れたものだ。
だが、今年は例年とは違った反応を示した。
滞在する部屋を案内する道の途中で、夏油さんの足が止まった。どうしたのかと視線を送ると、
「やっぱり、悟から動かないとどうにもならないと思うんだよね、私は」
一瞬だけ困ったような表情を浮かべた後、にっこりと笑み、夏油さんが私を見た。
「貴女 も 悟のことが好きだろう?」
何を言うかと思えば。
見透かしたような、その視線と聞き方が気に食わない。私が目だけ動かし、夏油さんを見据える。
そんな一言で動揺すると思われたのであれば、随分となめられたものだ。
第一、側仕えが主を「嫌い」と言えるだろうか。どう考えても、ずるい問いだ。
「甘い物で簡単に釣れる部分は好きですね」
扱いやすくて助かります、と頷いて肯定してやれば、彼は「そう出るか」と、眉を上げて驚いたような顔をするが、それもまたわざとらしくて煩わしい。
「ちなみに、悟の嫌いなところは?」
「いつまでも甘ったれなところですね」
興味津々で彼から問われ、溜まった普段の不満から、自分らしくない本音が口をついて出てしまった。
でも、それでいい。このような手合いは、こちらが頑なに手の内を見せないと分かると、面白がって何度でも仕掛けてくる。
何を考えているのか、チラリと心の内を少々見せておいた方が後々面倒くさくない。
当主になって何年も経つので、そろそろ何事も割り切って五条家の主として覚悟を決めて欲しい……と、私なりの希望を呟くと、「いいね」と夏油さんは笑った。
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