第2章 年末の男【五条視点】
眉間に寄った皺を指で伸ばしながら、椅子から立ち上がる。
通話を終え、いつもの黒色の服に着替える。時計を眺めながらサングラスを外し、いつもの目隠しを身に着けた。
伊地知が車で迎えに来るまではまだ時間がある。
女中部屋のゆめへ内線電話で高専から任務が入ったことを伝え、調理場へ向かう。案の定、まだ傑がいた。
包丁で蕎麦を切っていたため、危なくないよう、切り終わって一息ついているところで声を掛けた。
「悟、その格好……ということは任務か」
「どうしても僕じゃないといけない案件らしい」
人気者は辛いよ、と苦笑してみせた。
傑の手元に視線を送りながら、日付けが替わる前には戻って来るつもりだから蕎麦は取っておいて欲しいと伝える。
「じゃあ悟が帰ってくる前に夢野さんと一緒に食べようかな」
「ゆめに手を出したら、美々子と菜々子をたぶらかしに行くぞ?」
「やめてくれないか、あの子達わりと面食いなんだ」
ふふっ、と傑が笑いながら切った蕎麦をまとめている。こういう会話が心地良い。
お互いが冗談だと分かっている前提での戯れだ。
会話を続けていると、持っていたスマホから、伊地知の到着のコールが鳴り響く。
挨拶もそこそこに、手を振りながら調理場を後にして、任務へ向かう。
――結局、任務を終えたのは、その日の夜21時を回った頃だった。
実際に蓋を開けてみれば、聞いていた件数と違っていて、伊地知も青くなっていた。
完全に上からの嫌がらせだと思う。今回に限っては二人でまんまと嵌められた形だ。
年末、しかも大晦日とあって、他の術師も捕まらずということで、仕方なくすべて僕が処理することとなった。
一々報告書を提出するのは怠いので、内容を口頭で伊地知へ伝え、リアルタイムでタイピングさせた。
終わる頃には疲れ果て、帰りの車内は二人で無言だった。
「……では、五条さんお疲れ様でした」
「ホントだよ、正月三が日は呼び出すなよ」
「善処致します」
僕を車から下ろし、「よいお年を」と、頭を下げた伊地知が車に乗り込み五条家を去っていく。
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