第2章 年末の男【五条視点】
「職人修行って簡単なもんじゃないだろ。オマエ、どんだけ蕎麦屋に滞在してたんだよ」
「半年くらいかな?渋面だけど、中身は割りとフランクな大将だったよ。習いたいって急に言い出した私を受け入れたくらいだからね」
そして、蕎麦の味に感銘を受け、傑の他にも弟子入りして店を継ぎたいという青年が現れ、今は大将が青年に本格的に指導しているらしい。
「そういえば傑、ざる蕎麦好きだよな」
「かけ蕎麦よりも蕎麦本来の香りが楽しめる気がして好きなんだ」
「明日の昼は蕎麦にするか」
「悟は明日の昼間任務だろ、夢野さんから聞いてるよ」
サボっちゃダメだろう、と傑に嗜められる。
そんな他愛もない会話をしながら、今年の残りの日々が過ぎ去っていく。
傑は五条家に滞在している間、ボロがきている屋敷の修繕を手伝ったり、使用人の年末年始の買い出しを手伝ってくれていたりしていた。
美々子と菜々子にも会いに行ったらしく、来年から高専に入学できそうだと嬉々として話していた。
ゆめは今年も実家に帰らないらしい。
帰ってもロクなことがないと呟いたので、彼女の家も色々事情があるのだろう。
大晦日は静かな朝だった。
一昨日、帰省する使用人たちは屋敷を出発していて、実家が無い使用人やゆめのように帰りたがらない使用人のみが残っている。
いつも誰かがパタパタと走り回る廊下も怖いくらい静まり返っていて、あぁ、年末だなと感じた。
傑は朝から蕎麦を打っているらしく、忙しそうだった。屋敷に残っている使用人の分も打ってるらしく、今日は調理場にこもるからと聞いていた。
椅子に座って色々と考え事をしながら、外の雪景色を見ているとスマホの着信が鳴った。
伊地知の名前を見て、勘弁してくれと思いながら電話に出た。
「はいはーい、ただいま留守にしている五条さんでーす」
「五条さん、年末に申し訳ありません」
「申し訳なく思ってるなら電話してくるなよ」
ついつい語気が強まる。2度目の伊地知の謝罪の声が耳に届く。
「この間多数の死者を出した事故現場で1級呪霊が複数出現しまして……上から五条さんに祓除要請が出てます」
「……はー、分かった分かった、向かうから車を回してくれ」
呪いは年末年始待った無し、か。
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