第28章 染まりゆく
慌てて口を塞いでも、言ってしまった言葉が消える訳じゃない。
一体自分は何を言っているんだ。そんなことある訳がない。絶対に…だって私は、五条先輩に捨てられたと言ってもおかしくない身だ。
そもそも捨てられるも何も、五条先輩にとっては取るに足らない存在だったはずだ。いや、後輩としては確かにとて良く可愛がってもらってはいる。けれど、私がずっと求めていた女として先輩の近くにいるにはあまりにちっぽけな存在だった。
最終的にはセフレでいることすら許してもらえなかったのだから。
そんな五条先輩が私を好きだなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないのに。
「あはは、冗談だよー」焦った末にそんなことを口走りかけた瞬間だった。
「そうだっつったらどうする」
「……え」
「お前のこと、好きなんだって言ったら」
「なに…言って…」
言葉を失う私に五条先輩は小さく息を吐き出すと、その瞳を細め形の良い唇をゆっくりと開いた。
「そうだよ。俺、お前のことが好きなんだよ」
「…………っ…」
「言うつもりなかったけど、まさかお前にそんなこと言われるなんてな。バレるとか思っても無かったわ」
「冗談…だよね…?」
こちらを真っ直ぐに見つめるその碧が、私を捉えて離さない。
だって…冗談でなきゃおかしい。私はもう五条先輩のセフレですらなくて、あんなにも呆気ない終わりを迎えたのだ。それに今は…傑先輩と付き合っているのに…
「これが、冗談に見えるか?」
静かな声だった。
静かで優しくて、寂しそうで…そしてそれは、心底愛おし気に私に届いた。