第19章 可愛いひと
「喧嘩売ってるのかい?」
「別にー、事実だし」
ケラケラと笑いながら野球ボールを空高く投げる五条先輩を、夏油先輩がギロリと睨み付ける。
いつもならばこのまま喧嘩という名の怪獣大戦争に突入する訳なのだが、夏油先輩はそのまま五条先輩の挑発に乗ることなく「はぁ」と大きな溜息を吐き出した。
だけれどその代わり、五条先輩が空高く投げたボールを鳥型の呪霊がパクリと飲み込む。
「あっ、おい!傑てめぇ!!」
「先に喧嘩を売ってきたのはそっちだろう」
傑先輩はケラケラと笑いながら五条先輩を見つめると、鳥型呪霊に指示を出したのか、その呪霊はそのまま野球ボールをプッと吐き出した。唾液まみれになったベトベトのボールを。
「うわぁーベトベトですね!」
「汚ったねぇ!おい七海洗ってこい!」
「何で私なんですか。そもそも五条さんが夏油さんを怒らせたのが原因では?」
ベトベトになったボールを囲みギャーギャーと言い合いをしている三人を横目に、夏油先輩はこちらへとやってくると私の隣へと腰掛けた。
「寒くない?」
「はい、ミルクティー飲んでるので」
こちらを覗き込むようにしてニコリと笑顔を見せる傑先輩に、硝子先輩が隣にいるため二人の時とは違い敬語でそう答える。
傑先輩に好きだと言われてから、1ヶ月が経った。傑先輩はあの時の宣言通り、私へとストレートに好意を伝えてくれている。
もちろん他の人がいる時は普段通りであるのだが、二人きりになった時はいつも以上に優しくて、そして何より甘い雰囲気を感じる。
直接的に好意の言葉を言われている訳ではない。それでも傑先輩の瞳を見れば、何故だか「好きだ」とそう言われているような気がして胸の奥がムズムズする。