第18章 当たり前
突然、コンコンっという音が部屋に響き渡った。
ドアの前でしゃがみ込んでいた私はもちろん身体をビクリと揺らし、そっと俯いていた顔を持ち上げる。
…もしかして、五条先輩だろうか。
いや、そんなわけがない。そんなはずがない。だって…私と五条先輩はもう…
酷く頬を濡らす涙のせいで、学ランの袖口はぐちゃぐちゃに濡れている。
一体誰が部屋のドアをノックしているのか。だけれど涙ぐんだ声で返事をする訳にもいかなくて。しばらくしてもう一度コンコンと控えめにノックされたのを合図に、聞き慣れた声がドアの向こう側から聞こえて来た。
「…大丈夫かい」
久方振りに聞く優しい声だった。
そしてまるで予想もしていなかった人物の声に、思わずパッとドアの方面へと視線を向ける。
「さっき寮の方へ走って行くのを見かけたんだ。迷惑かもしれないと考えたんだけれど、やっぱり君を放っておけなくて」
傑先輩の声だ。傑先輩の優しくて穏やかな声。
私を心配している…そんな声。
私はずずっと鼻水をすすると、すでにぐちゃぐちゃになった袖口で涙を拭い取り立ち上がる。
まさかこんな場面で傑先輩と会うことになるとは思ってもいなかった。もちろん…五条先輩と会ったのだって予想外ではあったが…今私がこの扉を開けないなんていう選択肢はない。
だって……
「すまない…ここまで勝手に来てしまって。だけど心配で」
そんな傑先輩の声を聞いてしまったら、無視なんて出来るわけがないのだから。