第5章 抱きしめる意味
私の背中を抱きしめる夏油先輩の腕に熱がこもっているのが分かる。
それは優しく包むようなものではなく、私を全て隠してしまうような強く覆いつくすような抱擁だ。
辛さが緩和されていく、この人の側は安心すると。
夏油先輩…私はこのあなたの優しさに溺れて良いんだろうか。自分の寂しさや辛さを埋める為に…あなたのその手を取って良いんだろうか…
そんなどうしようもない事をしてしまっても…良いんだろうか。五条先輩を好きでいる為に、他の人を利用するなど…
それに…夏油先輩には…
「夏油先輩は好きな人がいるのに…私に優しくしたりして…良いんですか?」
ポソリと夏油先輩の胸に目掛け小さく発した言葉に、夏油先輩の身体がピクリと反応する。そしてしばらくした後、落ち着いた声が頭上から聞こえてきた。
「私の恋は、叶わぬ恋なんだ」
「え…?」
「私の好きな人には想い人がいるからね。そして彼女がどれほどその想いを大切にしているかも分かってる」
まさか夏油先輩の恋が、叶わぬ恋などと思いもしなかった。だって夏油先輩に好かれて惹かれない人なんているはずがないと思っていたからだ。