第5章 抱きしめる意味
慌ててドアへと向かい靴を適当に突っかけて、ドアノブを押した瞬間だった。
強く引かれた腕。
バタンと勢い良くドアが閉まっていく音が後ろの方で聞こえる。
そして、私の身体を包み込むようにして、大きくて温かなモノが私を強く抱き止めた。
「言っただろう、私は君に優しくありたいって」
「……っ…」
「そんな状態の君を、放ってはおけないよ」
これは最低な行為だ。
今だって十分に最低なのに、どうしようもないくらいに最低な人間なのに…これ以上に落ちようというのか。
だけどもう無理だ。この優しさに触れたら…溺れないと言う方が難しいだろう。
酷く痛んだ心が深く暗いところへと落ちていく。
そんな場所から無意識に逃げるようにして、温かで優しいこの人へと逃げたくなる。
「げと…せんぱ…い」
噛み締める唇からは血が滲み、そして震える指先は夏油先輩の服をシワにするほど握りしめた。
私を優しく、だけれど強く抱きしめてくれる夏油先輩に応えるようにして、強く強く抱きしめ返した。