第1章 戯れ
「あ…ああっ…」
華影は女将の顔を鷲掴みにして口を塞ぐ
気がつけば二人共、京極屋の屋根の上にいる
『んもう、そんな怯えた顔と声…
大丈夫ですわ
私は女将さんを食べる程
人に飢えてませんもの』
老いた人間は不味い
それは長くこの世を生き
世の中の理不尽を知っているから
華影は手に力を入れる
ミシミシと、女将の骨が軋む音がする
「あ、アンタ…本当に…っ…鬼…」
『最期ですから、教えて差し上げましょう
私は鬼ですよ、それと蕨姫も』
視線を下に移し
女どもを色眼鏡で見ている男たちを見下す
『鬼なのかと聞かれたのは
数百年生きてきて初めてです
皆、気づいていたとしても隠して
そうして衰えていったのです』
「っ…、」
『私は貴女が気がついたとしても
その者たちと同じで
きっと気がついていない振りを
してくださると思っていたのに…
信じていましたのに』
眉を八の字に下げてそう言う
青白い顔をしている女将さん
『核心を突かれてしまえば
こうしてしまうしかなくなってしまう…
本当に残念ですわ』
女将さんの口を塞ぎながら持ち上げて
屋根の際まで行き、女将さんの足が
屋根につかないようにする
「んー!!!…ん!!」
『長生きしたのに、これ以上死にたくないと
足掻くのはみっともありませんわ』
女将の顔を鷲掴みにしていた手をゆっくり離す
絶望に満ちた顔をする女将さん
『潔く、死になさい』
ドシャ、と音がして、下にいる男や女どもが
騒ぐ声が聞こえる
「おいっ、人が落ちてきたぞ!!!」
「誰か下敷きになってる!!!」
おやおや、巻き込まれてしまった方が
おられましたか
運が悪いにも程がありますわね
女将さんはただの転落死として
処理されることだろう
『秘密ですわよ、今夜のことは』
女将さんと、私だけの…ね?