第6章 Narcissus
そうなったときを考えているのだろうか。
もし、エルヴィンに地上で暮らさないかと誘われたら。金の心配もしなくていい家に住もうと言われたら。
「行くのか」
「え、っと」
「行くんだろう、俺を置いて!」
見開いた目から涙が溢れた。
リヴァイは泣いていた。悲しみと、怒りで。
涙を流すなんて、母が死んで以来だ。
「リヴァイ……」
「ずっと、そばにいるって言ってくれたのにっ!!」
みんな、そうだ。
母も、ケニーも、みんな。
みんな、最後にはリヴァイをひとりぼっちにしてしまう。
孤独には慣れていたつもりだった。
一人でも、生きていける知恵と技術は持っていた。でも、それだけでは寂しい心は埋められなかった。
母の手の温もりを、優しさを知っていたから。
父の頼もしさを、共に過ごす楽しさを知っていたから。
知ってしまったらもう戻れなかった。
大切にしていた人たちが消えた過去は、リヴァイの心に確かに爪痕を残していたのだ。
「リヴァイ、お願い聞いて」
ローズが何かを言おうと立ち上がりかけた。
その瞬間、彼女はひゅっと息を吸い激しく咳き込み始めた。
「ゲホッ、ゴホッ、」
それはただの咳には思えない。
「ローズ?」
切れ切れの呼吸音が隙間に聞こえる。ローズは胸を押さえ、背中をくの字に曲げた。
「ローズ」
慌ててしゃがんでローズの背中をさする。
彼女の目には苦しみからの涙が浮かんでいて、顔色も、死に際に見た母のように青白い。
心臓を凍った手で掴まれたような感覚だった。
「……し、ばらく、一人にさせて」
咳が落ち着いてきた頃、ローズは絞り出すようにそれだけ言い残すと、リヴァイの顔を見ずに部屋へ戻ってしまった。
リヴァイはしばらくその場から動けなかった。
ふとテーブルを見て、あぁ、と息を吐く。
そこに飾られていた黄色の水仙だけが、リヴァイをじっと見ていた。