第5章 貴方の隣で
二人でソファーに座って、ゆっくり用意された飲み物を飲んでいる。
この不思議な時間は、一体何なんだろう。
飲み終えると、蘭さんが立ち上がる。
「んじゃ、行くかー」
「あ、蘭さん、服と靴を着替えないと……」
私が慌てて言うと、蘭さんが私の手を取りながらフッと笑う。
「そのままでいい。もう買ったやつだし」
「……は? 買っ……た?」
意味が分からず呆気に取られる私を引きずるようにして、蘭さんは歩き出した。
さっき試着室で隙を見て値札を盗み見た時、ゼロの多さに驚愕して悲鳴が出そうになった。
値札を見なくても、生地が普段着ている安い服と明らかに差があるのくらい、私にも分かる。
「蘭さん、あの、聞くのが怖いんですけど……どのくらい、買ったんでしょうか?」
「あんま覚えてねぇけど、十二、三着くらいじゃねー?」
卒倒しそうになる。
まるでお菓子でも買ったかのような、軽い口調で蘭さんが答えた。
「な、な、なっ、何でそん、なっ!?」
「あ? 別にいいだろ。俺がやりたくてやったんだし」
「で、でも、駄目ですっ! 私そんなお金返せないしっ……」
蘭さんの眉間に皺が寄るのを見て、グッと言葉を飲み込んだ。
「バーカ。誰が返せっつった。お前は黙って受け取っときゃいいんだよ」
腰に手を回して引き寄せられると、蘭さんの綺麗な顔が少し近づいた。
その目には妖しい色が揺れて、突然の事にドキリとする。
「で、その服を脱がすのも俺……な?」
言って、ねっとりとまるで食べられるみたいに、唇がゆっくり塞がれた。
ここは街中で、しかも人が沢山いるというのに、そんな事はお構い無しで。私は激しい羞恥に襲われて、泣きそうになる。
なのに拒む事が出来ないのは、この特別扱いのような時間が嫌じゃないからかもしれない。
けど、今のこの扱いがいつまで続くのか、お気に入りと言われても何も嬉しくなくて、そんな不安定な関係なんて、そのうちすぐに飽きられて終わってしまうだろう。
蘭さんを繋ぎ止めて置く事が出来るような、そんな魅力なんて私にはなくて。
それなら、私が本気で好きになってしまう前に、終わらせて欲しい。
どうせ終わるなら、今こんな思い出になるような事は、いらないのに。