第2章 正義の致死量
「——雪乃」
ERを見下ろせる部屋の出口に、金髪の少年が居た。
「りゅう、すい……。まさか私の当直を全部見てたのか?かなり長丁場だったぞ」
「ああ。貴様が挨拶した時から見ていた。よくやったな」
龍水が右手を差し出した。それを見て、雪乃は無言で固まる。
「欧米では、手術が終わった後に握手をするそうだな」
「……確かに、スタッフとそういう事はするよ。なんて事ない儀式だけど、握手を重ねる度にだんだん他のスタッフが力強いチームメイトに思えてくる。結果として、それは後のオペをスムーズに進ませる事に繋がる」
雪乃は黙って右手を差し出した。それをギュッと龍水の角張った男性の手が握り締める。彼を見れば、少し目の下にクマが見えた。本当に彼は、私の処置をずっと見ていたのか。
「……ありがとう、龍水」
「ん、いや。貴様の頑張りはきちんと見せてもらったからな。矢張り欲しい!」
そう言って高らかにフィンガースナップをかます龍水に、くふっ、と軽い咳のような笑いが口を出た。
「スタッフじゃないのにね」
「いや!俺は貴様とこれから航海に出るのだからな。貴様は俺のチームメイトだ。……、」
龍水が言葉を止めた。不思議そうに雪乃が覗き込むと、少し赤らめた頬を隠すように右手で顔を覆っていた。
「………………」
「なんだ?龍水、何を考えた」
流石の雪乃の『分かるよ』も働かなかった。この男に関しては、ことごとく雪乃の想像を裏切ってくる。今回はどういう裏切りなのかと訝しげに思っていると、
「俺と、友達にならないか」
……………………。沈黙が、廊下を貫いた。え、龍水今なんつった?友達?トモダチ?え、私と龍水が?なんで。SAI君の時みたいに、絆を欲しがったのか。
「貴様からしたら意味が分からないだろうがな。……貴重なのだ。俺からしたら、貴様は」
「医者として?」
「違う。——単純に、俺に面と向かって思った事を好き勝手に言う輩が。俺と正面からぶつかるのも、こうやって握手をしたのも。貴様が初めてだ」
だから友達になってくれ。そう言われて、雪乃はそういえばと思い返す。前世で母親が事故に巻き込まれてから、周囲は雪乃を扱いづらい存在として敬遠した。龍水も、同じく問題児として距離を取られている。
似ているのだ、二人は。