第5章 【五条/甘】撫子に口付けを
彼に少し意地悪をしたくなったが、返ってきた言葉と真顔になった悟の目が本気だったので、素直にプロポーズにOKしておこうと実感した。
燃え上がるような恋ではないし、子供の頃から知った仲だから良いところも悪いところも知っている。生まれ持った能力のせいで、彼がどんな苦悩を抱えたかも知っている。
彼の家のことは私にはどうにも出来ないことだから、子供の頃、隠れて泣いていた彼の背中に自分の背中をくっつけて、言葉は無くともずっとそばに居たこともある。
たまに会う度に背が伸びて、その内に声変わりもして、昔みたいに接することが出来なくなっていったけど、高専に入ってからは仲間ができて、楽しそうだったし、親友ができたと聞いて私も安心していた。
在学中に親友とは袂を分かつ残念な結末を迎えたと聞いた時は、久しぶりに電話で話をした記憶がある。
「ゆめは変わらなくて安心した」
と、電話の向こうで寂しそうに笑ったあなたに、どこまで踏み入って聞いてもいいのか距離感が分からなかった。
いつまでも無邪気にはいられず、大人としての距離を推し測る術に長けていった結果、一時的に彼とは疎遠になった。
大学卒業後に就職先がなかなか見つからず、たまたま高専の補助監督の枠が空いていて、採用してもらうことができた。研修やら訓練を受けて現場に出るようになると、ある時急に悟が現れた。
「ゆめ、ケーキ食べない?」
ポカンとする私の手のひらにケーキの箱を乗せて笑うあなたに、正直、聞きたいことは山程あった。
でも、一緒にスイーツを食べてグダグダ話している空気が心地好くて、2人とも踏み込むタイミングを見失っていたと思う。
今度、聞いてみようかな。
いつから私と結婚しようと思っていたのか、高専卒業後はどう過ごしていたのか、あなたの過去を一つずつ知っていきたいと思った。
ありがとう、悟。
今さら気付いたけど、私もあなたのことが誰よりも好きみたいです。
END.
撫子(ピンク)の花言葉→純粋な愛