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【呪術廻戦】撫子に口付けを【短編集】

第14章 【虎杖/コミュ提出物】ヘレボルス


虚空を見つめる瞳には、正気というものが全く無かった。

ゆめを人質にとりつつ、嗤い続ける異形に向けて拳を構える。触手が身体にも絡みつき、彼女の肌の色が変わり始めている。

事態は一刻を争う。


「ゆめ、ごめん」


そう呟いた瞬間、悠仁は大きく踏み込む。

そして、そのまま近くにあったパイプ椅子を投げつけた。

呪霊が気を取られた隙に瞬時に呪力を練り、拳を構えたまま下から滑り込んで距離を詰める。


「 ――逕庭拳!」


鋭い拳打による物理と呪力の二段階の衝撃は、確実に異形を捉えた。パァンと乾いた破裂音が鳴り響き、呪霊の体が弾け飛ぶ。


「オァア"ァ……」


耳障りな叫びが響く。悲しき怪異はゆめから手を離し、黒い塊となって静かに散っていった。

少女は床に倒れ伏し、呆然と空を見つめる。

その表情には最早感情の欠片もなく、ただ虚無だけが広がっていた。まるで人形のように動かない少女を悠仁は抱き起こした。

受けた呪いのせいで頬や手足の皮膚が変色している痛々しい身体は、雪のように冷え切っている。


「……せっかく、お姉ちゃんに会えたと思ったのに……どうして……お願いだから、死なせてよ……」


瞳が虚空を彷徨い、潤み始めた。悠仁がその身体を抱きしめると、聞こえるのは小さい嗚咽。

ブルブルと震えている背中を優しく撫でながら、彼は話しかけた。


「もっと、ちゃんと話せば良かったって、爺ちゃんが死んでから後悔した時もあった。でも、俺は生きていくって決めた。生きて、困っている人を助けて……その先に何があるかは、まだ分からないけど、進むって決めた」


その言葉で堰き止められていた感情が決壊したのか、彼女は声を上げて泣きじゃくった。




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