第9章 嫉妬とやら
「ごめんね、私は悟の婚約者なのに」
そんなありきたりな謝罪しか出来ない自分が嫌になる。だけど目の前の悟はうつむいていた顔を持ち上げると真っ直ぐに私を見つめた。
「キスして」
「…え?」
「ヒナからキスしてくれたら、さっきまでのことは見なかったことにする」
真っ直ぐに私を見つめている視線は、とても冗談を言っているようには聞こえない。キス…?今私からキスしてって言ったよね…?何故悟がいきなりこんなことを言ったのか、それは何を隠そうと今まで一度も私からキスをした事がないのだ。
私からのキス…その言葉に思わず動揺してしまう。今まで何度も唇を重ねてきたが…それはいつも悟からで。それがいつもの私達だと何処かで思っていたのかもしれない。だから…自分からキスをするなんてこと考えたこともないし、想像すらした事がなかった。
「…わかっ…た」
ドキドキと心臓がうるさい。だけどこれで悟が許してくれるならば。少しでも気持ちを軽くしてくれるならば…「目、閉じて…」私は小さくそう呟けば、悟の白い頬へと手を重ねた。
どうしよう、手汗かいているかもしれない。今さらそんなどうでも良い事が頭をよぎる。目の前の悟は私の返答に微かに嬉しそうな表情を見せ、そして言われた通り瞼をゆっくりと閉じると、髪色と同じその白く綺麗なまつ毛を伏せた。