第3章 倦怠期に喧嘩した七海との話
私は、貴方に突き放すようなことを言わせてしまった本人なのに。すると、建人さんの親指が私の唇を優しくなぞる。
「恋人を大切にしたり、優しくするのに理由が必要ですか? 」
少し笑みを含んだ唇はさも当たり前のように、そう紡いだ。
「きっと、まだわがままを言うことや、甘えるという行為に慣れてはいないないでしょうから、ゆっくりでいいです。少しずつ、私を頼ってください」
「はい……」
「それでは帰りましょうか、私たちの家に」
するり、と離れていく手に少しだけ寂しくなる。正直言うと、まだ触れていたかった。
宙ぶらりんになって彼の温もりが消えた手を見つめる。変わるって、決めたから。
「け、建人さん……」
「どうしましたか?」
「あ、あの、すごくアレなんですけど……。家に着くまででいいので、手を繋いでもいいですか?」
頑張って絞り出した声は、震えていた。彼はため息をついて、苦笑した。
「それくらい、わがままには入りませんよ。でも、貴女にしては大きな進歩ですね。家に着いたら、一緒に夕飯を作りましょう。そして、食事をしながら貴女のことを話せる範囲でいいので、教えてください」
「……はい」
私は差し出された、その大きな手のひらを握る。彼は満足そうに微笑むと、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出す。
そんな二人を柔らかな月明かりが照らし、影は二人を確かに繋いでいた。
【完】