第4章 4th
「天国なんざねぇよ、多分。
肉体がないだけで、人に認識されないだけで、未練がましくこんなとこにずっと縛られて。
大切なやつ苦しめるだけで、俺だってゆりに触れられないことが、どんなに悔しかったか。
今、どんなに幸せか…」
ぎゅっと力が強まる。
ねぇ、研二。
いっそのこと、そのまま壊してよ。
私、研二ならいいよ。
「どんなに親友の松田であっても、ゆりのこと渡したくないって、最後の瞬間におもったのにな…」
そっと離れた2人の距離。
「…っ、今は、いいって思ってるってこと?」
研二はなにも言わない。
お風呂から、お湯が溜まったと知らせる音が鳴って。
立ち上がったのは研二。
「お風呂できたってよ。たまには一緒にはいる?」
戯けていうけど、そんな気分じゃない。
ぎゅっと服を掴む。
「こらこら、お気に入りの服なんでしょ。シワになっちまうよ」
せっかく立ったくせに、しゃがんで目を合わせてくる。
そして、私の手に触れる。
こんなにちゃんと、温もりも感触もあるのに。
じわっと、また視界が歪んでく。
「俺、ゆりのこと泣かせてばっかりだな…」
手から離れたぬくもりが、今度は頬に移動する。
「けんじのて、あったかい」
「そう?」
「ん」
「どうしたら、許してくれる?」
「ずっと、そばに居てくれたら。私が死ぬまでずっと、私といてくれたら」
研二の顔が歪む。
私の最低な我儘。
天国なんかないって言った研二。
本当は私のせいかなって、思った。
こうやって、ずっとそばに居てほしいなんていうから、天国に行けないのかなって、思った。
「けんじ、」
「なに?」
「ごめんね」
「うん、俺もごめんね。…さ、お風呂入ろ。せっかくだし、入浴剤入れようぜ。泡のやつ」
「お掃除大変になるじゃん」
「いったろ?風呂掃除得意だって」
「しかたないなぁ」
「そのあと、一緒に夕食作ろう」
「うん」
ねぇ、研二。
私この時、本当は少し分かってたんだよ。
振りかけた香水も、
最後に残ったタバコも、
5分遅れた時計も、
…未練も。
一つ一つの行為が、
まるで、消しゴムで消すみたいに。
正しく書き直されていくような、
そんな感覚がした。