第1章 朝凪のくちづけ
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ここでは夜更かしなどをしないからなのかもしれない。
今朝もアラームが鳴る前にすっきりとした気分でベッドから身を起こし、身だしなみを整える。
なるべく子供っぽく見られないようにと、今年は髪はまとめて薄めのメイクを心掛けている。
カレンダーに目をやり、改めて残りの休暇を数えてみた。
「あと二日」
それまでに……タクマさんは返事をくれるかな。
散歩に行ってきます。父が休んでいるはずのもう一つある寝室のドア口に声を掛けてから、テラスの階段を降りる。
まだ蝉が一斉に鳴き出す前。
歩道の砂利道に出て海に向かう途中、ひんやり清涼な空気が肌を撫でる。
小鳥の軽やかな音色が頭上を飛び交う。
私がこの町に住むのなら当面はここの別荘を借りる事になるんだろう。
……いつかこの道を彼と歩けたら。
そんな事を思ってつい進める歩が早くなる。
「早く来すぎたかな」
海沿いを歩き、海岸へと降りる階段が見えてきても砂浜には人影が見当たらなかった。
まだ陸からの凪が頬を撫で、薄い長袖を着ている位で丁度いい気温だった。
水平線を割る青紫色の空は橙色の層で彩られ、今朝も穏やかな日の出を約束している。
大きく深呼吸をして、うーん。 と、伸びをした。
この町でこうやって朝が始まるのを見ていると、エネルギーをもらって今日を大事に過ごそうなんて気分になる。
ここのそういう所も私が好きな理由のひとつ。
砂浜に足を取られながら、いつもタクマさんが座っている辺りに腰を下ろした。
間もなく来るはずの彼を待つ間、せっかくの朝焼けを鑑賞する事に決めた。