第5章 侵食を繰り返す荒波の記憶
身づくろいを終えたあとに階下に降りると、ダイニングテーブルに座った母がPCの前で仕事をしている最中だった。
母は元々父の事務所をずっと社員として手伝っているが家で作業をしていることも多い。
「綾乃。 もうお昼じゃないの。 お父さんがご飯、用意しといてくれたから食べなさい……あら、また出掛けるの? さっき雨降ってたから気を付けてね」
「……あの……あれ、ビショビショの洗濯物」
いつの間に降ったのかは知らないけど、ベランダの外の庭ではタオルが濡れ雑巾のようにボタボタ水を滴らせている。
「あっやだ!! 忘れてたっ」そう叫んだ母が大慌てで庭へと向かう。
手伝いたいのはやまやまだけど、私も時間が無い。
見掛けはキリッとした母。
でも、性格は父とはまた違う意味で抜けてると思う。
父から言わせると、そこが可愛いとやらなんとやら。
「アルバイトに行ってきます。 ご飯は帰ったらもらうね」
「帰ったらって……また夜でしょう。 顔色もあんまり」
「大丈夫だよ!」
終わったらちゃんと連絡しなさい! そんな母の声を背中で聞きながら家の門を開ける。
外に一歩踏み出した途端、日中の暑気に軽く目を伏せた。
地面のアスファルトから立ちのぼる焼けるような熱。
淀んで行き場のない空気。
ここの夏は少しクラクラする。
「平気へーき」
暑さなんてどうせすぐ慣れるし。
うちは基本的に、大人になったら自分のことは自分で、という家である。
18にもなったんならそろそろ欲しいものは自分で買いなさい。 それは最もだと私も思う。
今は冬に勤めていた近所のチョコレート屋さんだけだけど。
大学で家庭教師のバイトを募集してたので、そこもかけ持ちする予定。
いっぱいお金を貯めたら、そしたら車を買うための資金にも出来る。
すると、金曜の夜に向こうへ行くなんて荒業も?
オンとオフを慌ただしく使い分ける。 それってなんだか、デキる女っぽい。
そんなことを思いめぐらしながら、東京に戻ってからの私はアルバイトにいそしんでいる。