第5章 侵食を繰り返す荒波の記憶
今日はいつもの汚れてもいい服装ではなく普通の外出着を着てきたため、持ってきた小さなビニールシートを敷きそこにタクマさんと並んで座る。
いつもの朝焼けは見れないけどくっきりとした夏の海。
小さな白い帆を張ったオモチャみたいな船がいくつか、遠くに見える。
これはこれで、いいものだ。
「……そういうのとか、マジメな話はなるべく会って話そうな。 時間作るから」
「?」
寄せては返し泡立つ波しぶきに目を奪われていた私は、タクマさんの言わんとしていることを図りかねて彼に目線を移した。
「スマホとかはお互いがよく見えねえから。 オレはこんなだし、変な誤解もさせたくないから」
「……そうだね! 私もそう思うよ!」
「あんま分かってねえだろ? 単に会うのが嬉しいだけだろ」
バレてる。
でも、そうはいうけど、ここのところのタクマさんはよく話してくれる。
相変わらずな物言いではあっても、付き合う前みたいに何を考えているか分からない。 そんなことは決してない。
「誤解なんて杞憂……だといいけどな」
そうして、ようやく実った私の片想い。
今年は本当に貴重な年だったなあ。
私は世界一の幸せ者だと改めて噛み締め、先々の些末な心配をしようとするタクマさんに「大丈夫だよ」と明るく声をかけた。
ザザ…ザ─ンッ───────………
風と波の音が同時に聴こえる。
後ろの公道を走っている車の音なんてかき消してしまうほど、この時間の海は力強い。
しばらくの間私たちはなにも言わずにそんな目の前の景色を眺めていた。
「……そういえばタクマさん、昨晩のことだけど」
彼の視線を感じたけど、私は恥ずかしかったので前を向いたままで言った。
今訊いておかないと東京に帰ったら気に病んでしまうような気がした。
「私、その。 変じゃなかったかな? 車の中で」