• テキストサイズ

朝凪のくちづけ【R18】

第1章 朝凪のくちづけ



凪いだ波はおだやかにあわい光の稜線を繋ぎ、その後彼の元へと寄せてはまた還っていく。

夏の朝に会うので、彼はいつも涼し気な表情で私を見る。


「……そんなことない。 タクマさんは全然違う」


歳取るワケだ、そう言った彼に私が反論する。


「なにがよ」

「なにが、って…若いし、昔からスゴくかっこいいし」


興味が無さそうに、彼の目線は正面を向いたままの空返事。


「フン…」


もう何年も見続けている彼の横顔。

切れ長の目とすっとした頬の線は冷たく見えるけど、そのギャップのお陰でたまに笑うととても優しげ。


「……タクマさん、あの」


彼が投げ出した裸足の指先にはいつも砂がついている。

彼は早朝に波打ち際を歩き、暑くなるまでの一時間ほどをこの砂浜で過ごす。


「私も。 変わったかな? たとえば女らしくなったとか、思う………?」



今年も彼に会えると急く気持ちは私の中で変わらない。

歩道から見下ろして彼を見付けるたびに胸が高鳴り始めたのはいつからだろう。



「……綾乃」


薄い橙色の輪郭線が見るものを縁どって、私は目を細めてしまう。

一方、彼がいつも眩しそうに私を見るのは朝陽のせい。


「……この辺とか?」


自然に伸ばされた様子の指先が私の胸の膨らみを差す。

触れられてもいないのに私の顔が熱くなった。


「……どこ置いてきた? リアクション」


「去年辺り…一昨年か。そんくらいまではギャーギャー騒いでたのに」

「そ……うだっけ」


「は」


セクハラじじい、とかな。 その時の事を思い出したのか、彼が微かに歯を見せて笑う。

覚えてる。
それは私が中学二年の時。

そして私は18になった。


……私ばっかりが覚えてる。


「どーした。 色気付きやがって…やっと男でも出来たか」


いつもみたいに私の頭に手を置こうとして、思い直したように彼はすっとそれを引っ込めた。

タクマさんは段々と私に触れなくなった。


「出来ないよ。だって私は…タクマさんが好きだから」


「まだそんな事言ってんの」


毎年言ってる。


そっか。

そりゃありがと。

ふうん。


毎年言われる。


「タクマさん……?」


彼は私を見もせずに、また視線を波へと投げた。


「綾乃……止めとけ」



/ 159ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp