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朝凪のくちづけ【R18】

第10章 終章 わたしの心の青海原




それから彼は少し間を置いて、波が来ない距離の海際でふと、立ち止まった。


「……ああ、オマエ昔、この辺で溺れてたんだよな。 三歳んとき」


「えっここ!? 水さえないじゃないの」


砂浴びするサイかカバじゃあるまいし。


「引き潮だろ……しっかりしろよ理学部」


「私の専攻は数学科だよ。 へええ……? なんだか不思議だねえ……あ、満月で潮汐が大きくなる、とかお父さんが言ってた。 あの人釣りも好きだから」


「……月の引力に引っ張られるのが海とすると、オマエは月になんのかな」


彼がぽつりとそんなことを言うので、「え? それは、逆じゃないのかなあ?」
私はすき好んでだけど、常にタクマさん基準だし。と返事をすると。

「……さあな」ひと言呟き、彼がまた水平線に視線を移した。


改めて、波に洗われた自分の足元をじっと見詰める。

ここは小さな頃の私がいた場所。


月が作る道は、今立っている場所から水平線の彼方まで続いている。
ポツポツポツポツと、幻想的な濃い青紫の綾波が形作る黄金色の灯りの合間に、遠い思い出が浮かんだ。

波打ち際で私はタクマさんと出会って。

少しの間、父と母に手を引かれ。

また彼と再会ししばらくの間、距離を置いては同じ時間をタクマさんと歩んだ。

そして、光の道の向こう。 半ば辺りに見えるのは今こうしている、手を繋いで歩く私たち。

それは水平線の彼方まで。

きっと見えなくなるまでずっと続いて、小さなタクマさんなんかもたくさんたくさん増えて、いつか彼と抱き合って天に還れれば、すごく、最高に幸せだと思う。


『人生とは、地図のない航海のようなものだという』


誰の言葉かは忘れたけれど、昔ここで手を繋ぎながら父がそう教えてくれた。

私の地図は手の中にある。


そしたら思い切り帆を張って、私はそれに向かって一生懸命に進むだけ。



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