第8章 丁度良い焼き加減だったらどんな味?
「親父に対して、ずっとかける言葉が見つからなかった。 死んで、そん時付き合ってた紗栄子と別れる時も。 好きにすりゃいいって、結局今もそれしか言えない」
なんとなくは感じてたけど、父が話していたその時のタクマさんの彼女は紗栄子さんだったのだと思う。
多分、すごく好きだったんだろう。
「それはタクマさんが、他の人のことばかり考えてるからだよ。 それで見えなくなっちゃうんだよ」
子供時代をあまり知らずに大人になってしまったタクマさん。
他人のことを思いやり過ぎて、居なくなっちゃってもこんな風に気に病んでるなんてタクマさんは本当に『構いたがり』だと思う。
「私が言う。 『好き』と同じに、それが嫌じゃないなら言ってくれれば私は幸せだよ」
もっと自分を大事にすればいいのに。
居なくなったり別れた人のことなんかすっかり忘れて、自由になればいいのに。
だって海辺で交わした時のキスみたいに。
『構いたがり』のタクマさんは本当は『欲しがり』なのも、私は知ってる。
「私、もっとタクマさんのものになりたい。 全部」
好きにすればいいなんて言わせてあげないもの。
「だから……あのな。 誰のモノとかそういうのは」
そう言いかけるタクマさんの口を指先でそっと塞ぐ。
うっかり家庭教師先で『オレんだから』って口を滑らせた彼。
私、忘れてないんだから。
どこか躊躇いがちに私を見る彼を私は想いを込めて見詰めた。
「言っ……て?」
「分かった」
唇に当てた私の指を外し、頭の後ろに差し入れられた手は力強く。
「綾乃。 オレのモンになれ」
キスをする前にそう呟いて腰に回された腕がきつくきつく私を包んだ。