第86章 景色は色付いて
キリ「本当は……」
わがままも、承知の上でキリはゆっくりと口を開いた。
キリ「あなたにも、好きに……なって欲しい」
シカ「っ……」
感じたことがないほどの羞恥心を抱きながら告げた言葉は、熱を持っていた。
キリ「好きでいてくれていなくてもいいなんて……嘘をついたわ」
どうか、どうか好きでいて。
そう切望する自分がいた。
普段は理性的であるはずなのに、シカマルの事になると、途端に欲張りになる。
誰にも見せない心の奥も、シカマルにだけは隠せなくなってしまう。
好きだというそんな気持ちですぐに埋め尽くされて、いっぱいになっていくのだ。
叶うのならば、シカマルの隣にいるのは、他の誰かではなくて、自分がいいとそんな願いを心に抱いてしまっている。
だって、こんなにも、私に触れるあなたが残した感覚は消えないのだから。
キリ「あなたの隣にいたい……っ」
思わず、小さくなってしまったこの声は、シカマルに届いてくれただろうか。
もう一度、ゆっくりと深呼吸をして、今度は小さくなってしまわないように、キリはシカマルへ告げる。
キリ「景色はずっと……灰色だった」
樹の里でのあの出来事以来、気持ちがないというのか、何かを感じる心が失われていた。
ただ痛みと後悔、罪悪感の中にいる毎日で。
キリ「アカデミーの時、一緒に見上げた空がとても青くて」
あの時見た空。空なんて、いつぶりに眺めたのだろう。いつもその下にいたはずなのに、もうずいぶん前から、その色を知らなかった。
あの日、シカマルがキリに、この青が涙が出そうなほど綺麗なのだと、教えてくれたのだ。
しばらくの間、忘れていたその色を、言葉もなくただ見つめることしか出来なかった。あの空の色を、キリは一生忘れないだろう。