第84章 叶わぬ恋の先
『だ、駄目です! 本当にすみません、でもそれだと話が違って……こ、こんなの駄目です』
自分勝手なことを言っているのは、充分承知しているが、シノが好意を寄せているというのなら、話は別だ。
そんな相手に、付き合うフリを頼むなんて、酷いにも程がある。
シノ「駄目だ。もう約束は交わした」
『だ、駄目って……』
駄目だと言ったことを、駄目だと言われて、医療員は困惑する。
シノ「お前は願って、俺は受け入れた。俺はその約束を破る気はない」
すると、シノはにっと悪戯な笑顔を見せた。
シノ「まさか、お前から付き合いたいと言われるとは思っていなかった」
『そ、それは……っ、あくまでもフリで』
ボッと顔に熱が集まるのがわかる。
そんな医療員を見て、目を細めるシノはどこか楽しそうに見える。
『~~っ、シ、シノさん、意地が悪いですよ!』
今日は少し意地の悪いシノは、悪かったと優しく笑って返した。
余裕たっぷりなシノに対して、慌てふためいている医療員の鼓動は、早い。
シノ「お前が俺のことを気にしているなら、その必要はない。なぜなら今は〈フリ〉でも、それを〈本当〉にすればいいからだ」
そうサングラスの奥の愛おしむような眼差しに、医療員の言葉は、喉でつっかえた。
『わぁ!?』
ぐっと引っ張られて、医療員の体はシノの腕の中に、すっぽりと収まった。
シノ「それに俺は、この〈役〉を他の誰かに譲る気はない」
『シ、シノさん~っ』
シノ「これからよろしく頼む」
ぽんぽんと後頭部をなでられて、医療員はある事に気付く。
《っ、シノさんも……》
触れ合っている身体から、シノの早くなった鼓動が伝わる。気付いてしまったその事実は、医療員の言葉をなおさら奪っていった。