第84章 叶わぬ恋の先
《だから、キリさんはあの時……》
一度だけ、キリの様子がおかしかった日があった。
【どうしてあなたが決めるの?】
たった一度だけ、キリの声音が冷たかった時。
それは医療員が、新薬があるから検査日の翌日もう一度病院へ訪れてくれと申し出て。それをシカマルが承諾した時の話だ。
医療員の瞳から、涙がさらに溢れ出る。
シカマルに好きな人がいて、確かに酷く胸は痛むが。
果たしてキリは、どんな気持ちで過ごしていたのだろうか。
キリの気持ちも知らずに、きゃっきゃとシカマルを前にはしゃぐその姿は、キリをどんな気持ちにさせていたのだろう。
キリの担当になり、約一年。
キリの優しい以外の顔を見たのは。そんな風に感情を露わにしたのは、ただ一度だけで。
本当に、たった一言だけだった。
きっとずっと我慢していたのだ。
そんなキリに、ちゃんと答えられていただろうか。
『私は上手く……言えたでしょうか』
ちゃんと、笑って伝えられたのか。
今度こそキリに、要らぬ負い目を感じさせないように。自分は対応出来ていただろうか。
ぎゅっと口を結んで、ぽろぽろと涙を流していると、後ろから聞き慣れた声がする。
シノ「ああ、問題ない」
『!! シノさん……!』
振り返れば、シノはゆっくりとこちらへ歩み寄った。
シノ「ちゃんと言えていた。心配するな」
その言葉で、先ほどのキリとのやり取りを知っているのがわかって、医療員はハッとする。
『聞こえて……いましたか?』