第83章 ヒーロー
ナガレ「……今日は、薬は打たないよ。様子を見に来ただけ」
きょとんとした表情を見せるキリ。わからないのは、ナガレも同じだった。
ナガレ「キリ、今日は少し話をしようか」
キリ「……っ、はい!」
何故か、ナガレはこの時、ポケットに入っている薬をキリに使う気になれなかった。
ナガレ(なぜ……新しい薬を試すつもりが……)
結局この日、新たな研究結果を得ることはなかった。
ぱぁっと、満面の笑顔を見せたキリが寝付くまで、二人の会話は続いた。
…………………………
そしてある日。
例の鉄を巡って、大きな衝突があった。
そこで、樹の里にも多くの損害が出る。次々と運ばれてくる負傷者の数。
その中には、死傷者もいた。
その姿を見て、ナガレは即座に治療へとうつる。
間に合わず、死んでいった者。ナガレの腕の中で死んだ子どもたち。
その状況に、ひどく苛立った。
何故ナガレの研究でもなく、こんなところで死ぬのか。今までの苦労が無駄になる。
だから、苛立ちを募らせていたのだと思ったが、それと同時に感じたこの胸の痛みは、どう説明するというのか。
その日、最前線で勇敢に戦ったキリは、意識不明で重傷を負って帰ってきた。
それを見て、イチカは泣いた。
そして自分もキリの隣に立って、戦えるようになりたいと、イチカは自らの無力を恥じたのだ。
そのイチカの決意を、ナガレは無駄だと思った。
キリに比べると、イチカはひどく出来損ないだ。なんといっても、薬の吸収率の低さが目立つ。
その効率の悪さから、強くなるのは不可能に近いとさえ思っていた。
しかしながら、イチカはその後、ナガレの想像に反して、ぐんぐんと成長していく。
イチカは、自ら薬の量や内容の増加を訴えた。
吸収率が他の子どもよりも低いため、薬の激痛に耐えても、得るものは少ない。
そんな不器用なことを繰り返して、数年。
いつのまにか、イチカはキリと肩を並べて戦うようになっていた。
その世代の中で、イチカはキリに次いで、No.2の座についていたのだ。