第83章 ヒーロー
イチカ「そうだ! 昨日ね、キリの好きなあのおやつが出たから、取っておいたの! はい!」
「今日はキリが来ると思って持ってきて良かった。さすが私」と、ご機嫌なイチカは菓子を差し出した。
キリ「いいの? これイチカも好きでしょう」
イチカ「当たり前でしょ! 全部食べていいのよ」
その菓子は、交易人が来た際、本当に稀に手に入るもので、以前に出されたのは確か二年ほど前のことだ。
本当なら今、食べ物など喉を通らないはずなのに、キリはそれを受け取って口にする。
キリ「ありがとう。凄く美味しい」
イチカ「ふふっ、良かった」
キリ「イチカ、半分こしよう?」
イチカ「え? だ、駄目! キリに全部あげるの!」
キリ「はい、イチカ」
イチカ「え、う……あ、あーー……美味しい」
キリ「ね」
イチカ「はっ、あ、あとは全部キリが」
キリ「イチカ、あー。……美味しい?」
イチカ「~っ、美味しいわよ! ほら! キリもあーんして!!」
ナガレ(……………)
顔を見合わせて笑う二人の会話を背にして、ナガレはその日の夜、キリのもとへと訪れた。
キリ「!! あ……」
ナガレの訪問に、キリは少し身を硬くさせた。
キリは昨晩やっと、なんとか施設のみんなに痛みを隠せる程度に回復したばかり。
そんな中でまた薬物投与が行われると思い、恐怖と不安に緊張が走っていたようだった。
今度はどれほどの痛みで、どれほど続くのかわからない。それは何度経験しても、慣れることが出来ない痛み。
ナガレ「今度もよく耐えたね、本当にキリは偉いなぁ。私も嬉しいよ」
ぽんぽんと頭をなでれば、キリは嬉しそうに目を細めた。
キリ「ナガレさんが、嬉しいのが嬉しいです」
少し照れたようにそう言って、キリは自ら腕を差し出した。
ナガレ「………」
キリ「ナガレさん?」
薬を打たないナガレに、キリは不思議そうに首を傾げる。