第83章 ヒーロー
馬鹿な住人と実験体たちは、失敗作の死を悲しみながらも、ナガレには変わらずに接した。
親しみを込めてナガレの名を呼んで。
疑うという言葉を知らないのか、彼らはいつだって真っ直ぐな瞳を向けてくる。
《……あれは、何故死んだ? 少し投与量を増やしたが、あれしきの事で死ぬのか》
この実験体の死は、実はナガレにとっても予期せぬ結果だった。
そして、ナガレはこれまでとは違った感情を覚える。
《……これまでの数年が、無駄に》
その実験体がやってきて6年、過程を見守ってきたのに、たった一度の投与が原因で死んでしまった。
その胸に、どこかやり切れない思いが残る。
これが、ナガレが生まれて初めて感じた〈後悔〉だった。
《……少し、ペースを落とすか》
これ以上、失敗作を出せば、住人に今度こそ懐疑心を与えるかもしれない。
そうして抑えた投与量と、実験量。
抑制は研究者の精神を波立てたが、キリが、それを解消してくれた。
溜まりに溜まっていく欲求を、この最高傑作は受け止めた。
どれほどの激痛にも耐えて、その心も壊れない。
この頃、周りとは桁外れなその器が、たった一人で、他の子どもたちへの過剰投与を引き受けていた。
キリが8歳になった時。
キリは薬の影響で身体中に走る激痛に、三日三晩呻き声を上げて、転げ回っていた。
ようやくおさまった翌朝、部屋で寝ていると思っていたキリの姿を、ナガレは施設で見かけた。
イチカ「キリ! 大丈夫なの!?」
姿が見えないから心配していたのだと、キリに抱きついたイチカに、キリはにこりと笑顔を返した。
キリ「うん、心配してくれてありがとう」
全然平気だと、満身創痍な身体で健気に笑うキリ。
イチカも安心したように笑顔を返した。