第83章 ヒーロー
前回から、ナガレは学んだ。
思惑が露見すれば、逃げられる。ゆっくりと、事を進めていこう。
幸いにも、環境は十分すぎるほどに整っているのだ。後はこの関係を壊さないように維持すればいい。
騙されやすい馬鹿な住人の前で、偽善の仮面をかぶるのは、そう難しい事ではなかった。
もともと人間は、ナガレの薬に耐えられるだけの器がない。
ならば、ゆっくりと時間をかけて、その身体を慣らしていってはどうか。
そして、少しずつ薬の量を増やしていけば、器も造れるのではないか。
ナガレは住人に薬物投与を続けた。
前回よりも強い薬を打って、それに耐性をつけ、吸収していく姿を見るたびに、ぞくぞくと背筋が粟立った。
すぐに結果がわからないことは歯がゆいが、その先の到着地点に、身体は言い様のないほど昂りを見せる。
実験中に、個体差はあるが、幼ければ幼いほど効果があることを確信する。
完全に身体が出来上がっている大人よりも、まだ未発達な子どもの方が、飛躍的に伸びる事があるのだ。
さらに、全てがナガレの味方をするように、物事は進んでいく。
実際に能力が向上した住人たちは、特殊な鉄を巡っての戦いで、その効果を発揮した。
つまり、ナガレの研究は、樹の里を守る手助けをしたのだ。
薬物投与という痛みにも耐えて、里を守るために強くなろうとする子どもたちの姿を、大人たちは誇りに思った。
そうして出来上がっていく〈空気〉。
十歳を過ぎ、自ら志願した子どもだけが対象という当初の約束も、その年齢をどんどん下げる結果となる。
いつのまにか、産まれたばかりの赤ん坊にまで、ナガレの魔の手は及び、そればかりか強い忍を育成するためという名目で、専用の施設まで作られた。
どこまでもナガレにとって、都合の良い環境で、研究は続いた。
実に愉快だった。
ナガレのモルモットを、住人は里の誉れだと称えて、次々と新たな実験体が差し出しされる。
あれほど、実験体が足りないと悩んでいた頃が、嘘のようだ。
そうして、ナガレが樹の里に来て6年。
ナガレは、キリと出逢った。