第83章 ヒーロー
ナガレ「……そうですね、では一度休ませて頂きます」
あたたかな寝床と食事を用意されて、ナガレはそれを口にする。
今は治療よりも休息をとってくれと、ナガレの体を配慮し、誰もいなくなった時。
込み上げてくる笑いに、ナガレは耐えられなくなった。
そして、己の強運に感謝する。
なんと愚かな事か。
彼らにとって、ナガレは命の恩人になったらしい。
流行り病が充満する里へ留まったナガレを、危険を顧みず病人を救うためだと思い。
ただ研究に没頭する姿を、寝る間も惜しんで住人たちの治療に努めていると。
的外れにもほどがある勘違いをした。
今の彼らには、里の危機を救ってくれた聖人にでも見えているかもしれない。
これが、樹の里が犯した最大の過ちだった。
放っておけば、自然と治るはずだった流行り病に、偶然ナガレが立ち寄ってしまった不運。
そして、自ら異常者を招き入れてしまったことが、十数年後に最悪の形になって、樹の里へ襲いかかるとも知らずに。
…………………………
その後は、ナガレの思惑通り、いやそれ以上に事はトントン拍子で進んでいく。
樹の里は、ナガレの永住を簡単に許した。
それどころか、樹の里でのみ採れる特殊な鉄を狙っての抗争に、手を焼いていた住人たちは、ナガレの悪魔の囁きに耳を貸してしまった。
〈それならば、里を守れるだけの強い忍を育成すればいい〉
そのために、ナガレも力の限り手を貸すと。
里の危機を救った救世主の言葉は、住人にとって善意の声にしか聞こえなかった。
樹の里の持つ人柄の良さも、この時ばかりは災いする事になる。
「大人だけじゃなく、子どもにまで薬を打つなんて」と。はじめこそ躊躇する親の声があったが、もとよりナガレがいなければ流行り病で壊滅していたと思い込んでいる住人たち。
そして、自分も里を守りたいと、自ら志願する子どもたちの声もあり、親はナガレを信頼して、我が子を預けた。
《時間をかけての実験……興味深い》
今までさんざん、即効性のある薬は試した。
無理に実験体にしていたものだから、長期にわたる実験は不可能だったのだ。
拘束した実験体たちも、それに耐えられずに自ら死んでしまったから。