第83章 ヒーロー
ナガレの命令、そして鈴の音が鳴る前に、イチカの小刀がナガレの首へと向けられた。
イチカ(これで仕留める……!)
最短経路で首を狙って、動き出したイチカの腕。
そんな中で、ナガレとイチカの視線が混じる。
【イチカ、ほら危ないよ。おいで】
イチカ「っ!!」
突如頭の中に浮かんだ、幼少期の思い出に、イチカの小刀はピタリと動きを止めて、その奇襲はナガレの首から一筋の血を流すだけに終わった。
ナガレ「………」
イチカ「……あ、……え?」
一体自分は何をしているのだと思って、再び小刀を振ろうとした時には、もう全て遅くて。
三人の忍によって、イチカの身体は大きく斬り付けられた。
イチカ「くっ……」
どしゃりとその場に倒れ込んだイチカから、ドクドクと血が流れ出る。
とても戦闘を続けられる深さではない傷。それを押さえて、イチカは奥歯を噛み締めた。
イチカ(私っ、何馬鹿なこと……!!)
さっきの一瞬が、間違いなく最初で最後の好機だった。
ザッと目の前に近付く音がして、視線を上げると、そこにはイチカを見下ろすナガレの姿。
何故、ナガレの命令も鈴の音もない中で、イチカは止めてしまったのだろう。そんな後悔をしても、もう遅い。
イチカ「ナガレさん……っ」
じわりと涙が滲む。
イチカ(ごめん……キリっ、ごめんね)
キリをこんな目に合わせた張本人が、今イチカの目の前にいるのに。
家族や、同郷たちの仇を打つことが出来たのに。
イチカ「うっ……ナガレ、さん」
ぼたぼたと、イチカの瞳からは涙がこぼれ落ちた。
この戦いのリーダーはイチカだったから。みんなを率いるイチカは、真っ直ぐに道を示さなくてはいけなかった。
リーダーが少しでも迷えば、みんなが迷ってしまうから。
だからずっと言えなかった言葉を、イチカは口にする。
イチカ「っく、本当に、っ、全部嘘っだったんですか……? 違、うって……言って下さい」
イチカたちに向けた優しい笑顔も、声も言葉も、あたたかい手も、その全部が嘘だったのか。
それは、質問というよりも願いに近い言葉だったかもしれない。