第83章 ヒーロー
はじめの方こそ、ふざけるなと意気込んでいたが、イチカは現状に苦笑いが浮かぶ。
熱いものを触れば、びくりと反応するように、勝手に身体が動くのだ。
ナガレの命令と、鈴の音。それに従うように、物心つく前からそう躾られている。
考える時間などない。脊髄反射のようなそれに、抗うすべがないのだ。
イチカ(……戦う事も出来ないなんて、笑えもしないわよ)
強くなるために、必死で鍛錬に励んでいたあの日々の中で、まさか自分たちが飼い犬、手駒に育てられていただなんて思いもよらなかった。
イチカ(………それでも、この人だけは絶対に)
キンキンと、イチカは両手に持つ小刀を振るいながら、ナガレを一瞥する。
イチカは事実を知った時に、誓った。
ナガレだけは絶対に殺さなくてはならない。
ナガレは、狂っている。人としてまともな感情はなく、正気の沙汰とは思えない行動の数々。それが、彼の通常なのだ。
ナガレが生きていて、良い方向に転ぶことはまずあり得ない。
この戦いの中で、必ずその命を絶っておくべきだと、強く思った。
血液が沸騰するように、熱くてたまらない。
先ほどから、目がよく見える。視界の隅の敵の動きですら、細部までしっかりと捉えていた。
イチカの研ぎ澄まされた集中力が、止まることなく高まっていくのがわかる。
周囲の動きが、少し遅くなったように見えるそれ。
戦闘中にハイになり、普段よりも能力が発揮できるこの感覚。
イチカは以前、キリとの手合わせ中に、この感覚を味わったことがあった。
イチカ(あの時の私は……)
三人の忍の、ほんのわずかな隙間を抜けて、イチカはナガレの懐へと踏み込んだ。
イチカ(キリにだって、圧勝したんだから!!)