第19章 あの頃の記憶
以前キリが保護した子鹿は、いまだ治療が必要らしい。
順調に回復はしているようだが、まだ抗体がない子鹿は放っておけばすぐに傷口が化膿してしまうため、毎日朝晩二回化膿止めを塗って、包帯を巻き直しているそうだ。
シカク「キリは包帯を解いておいてくれ」
キリ「はい」
シカクは薬莢を取り出すとゴリゴリと薬の調合をはじめ、シカマルはそのサポートにつき、材料を手渡している。
手当てが終了し、シカクとシカマルは部屋を出て行き、キリだけがその場へと残った。
ひなたへと移動すれば、子鹿もその後をついてきて、共にひなたぼっこが始まる。
横になった子鹿の腹をキリはそっとなでた。
キリ「……まだこんなに小さいのに、親と離れて寂しくない?……仲間と離れて、寂しくないの」
見知らぬ土地で、見知らぬ家庭で。
子鹿の姿が自分と重なってしまう。
ぽつりと呟いたその言葉には、もちろん返事が返ってくることはない。
ぽんぽんと子鹿の頭をなでて、キリも横になり目をつぶる。
子鹿の体温が心地良く、眠れなかった体はすぐに夢の中へ導かれた。
そして、久しぶりに両親の夢を見た。
キリはまだ幼くて。
両親二人が生きていて、ふわりと笑って。
「キリ」と、あの心地の良い声で名前を呼んで。
そんな、ある日の夢だった。
…………………………
ーー夢に見た幸せーー
「キリ、おいで」
母に呼ばれて近づいていけば、体はぎゅっと抱き上げられた。
そのまますりすりと頬を寄せられて、キリはくすぐったさに身をよじる。
キリ「ふふ、くすぐったいよ」
「こーんなに可愛いキリが悪いの、また大きくなったわね」
愛おしそうに、キリとそっくりな瞳が細められる。
「今日のご飯は何にしよっか?」
キリ「んーとね、たまごやき!」
「キリはほんとにそれが大好きね。今日は天気も良いし、玉子焼きいっぱい入れたお弁当作って、外で食べようか」
キリ「本当!?早く!早く行こう!」