第83章 ヒーロー

シカ(しまっ……)

シカ「がはっ！！」


キリの肘が、シカマルの肋骨を折る音がした。


シカ「くっ……」


致命傷狙いの一撃必殺しか、出してこないと少し油断した。

向こうから仕掛けてきた時はそうかもしれないが、どうやらこちらからの攻撃の返しには、そういった反応もあるらしい。


それに。

問題はもうひとつあった。


シカ(出来ねぇ……！)


シカマルには、イチカの言うキリを斬る覚悟が出来なかった。

甘い考えである事は充分わかっている。


だが。こんな風に、周囲から身勝手に傷付けられ続けるキリを、どうして痛め付ける事が出来る。


好きな女なのだ。

とことん惚れ込んだ相手だ。


今のキリを、痛め付けて止める事は、それは違うだろう。


シカ「惚れた女に男がする事じゃねぇ、よな」



キリの攻撃を、半身を捻って避けると、シカマルは激しい痛みを訴える肋骨に顔をしかめた。


キリと対峙する中で、キリはぴくりと反応を示した。

シカ「！」


キリとの戦いに集中していたシカマルも、その反応で気付く。

キリの前方、そう遠くないところに、人の気配が二つ。


キリの身体が振り向きざまに沈んだのが見えて、警報が鳴った。


シカ「待て、キリっ！！」


人の気配に向けて、駆け出すキリの後を追う。

シカ「っつ、キリっ！」


明確な標的を近くにして、キリの速度が先ほどよりもずっと早い。

そして、地面を踏むたびに激しく痛む肋骨が、邪魔で仕方がない。


シカ「キリ！ くそっ目の前に俺がいるだろうがっ！」


無意識のうちにキリがシカマルを避けたのか、それともナガレが指さした方角を目指しているのか。そのどちらかはわからないが、非常にまずい。


このスピードでは、キリに追い付けない。