第83章 ヒーロー
シカマルの意識は、ふと自らの胸ポケットに移る。
その中には、ここへ来るまでにイチカから渡された中和薬があった。
それは、キリの次に投薬量が多い仲間のものだそうだ。
「効かないかもしれない!」と、不安しかない言葉と共に、イチカからこれを渡された。
キリの薬の量は多いだけではなく、ナガレがある程度準備を済ませていた可能性があるらしい。施設の調合師は、仕上げ作業をしていただけかもしれないと言われた。
例えばナガレが用意した一から三の薬を混ぜて完成させるとして、調合師は一から三の内容が、本当にデータ通りのものかがわからないのだ。
そのデータもナガレが用意したもの。周囲の目を考えて、ナガレが常識的な内容にすり替えている可能性があるらしい。
だがキリを止めるために、こんな不確定要素満載の中和薬に、かけるしかないのが現状だ。
ひとつじゃ効かないなら倍使えばいけるんじゃないかとイチカに言われ、イチカとシカマルはお互い二本ずつ中和薬入りの小型注射器を所持している。
そんな曖昧な使用法で大丈夫なのかと、聞き返したが、逆に他に良い方法はあるのかと言われて、シカマルはそれ以上の言葉は飲み込んだ。
シカ(……そうは言ってもな)
首を狙って放たれたクナイを弾き、キリと打撃戦になったシカマルは、苦渋の顔を見せる。
いくら攻撃が単調だと言えども、なかなか中和薬を使用させてもらえるほど、キリは大人しくしてくれない。
急所を寸分狂わず狙うキリの攻撃を、まともにもらえば終わりなのだ。
相次ぐ殺すための攻撃。今、キリの理性は残っていないはずだ。
当初のようにキリが攻撃の間に左手をかませてくれるようなことも、もうないだろう。