第82章 親友
《……っ、怖かったぁぁぁあっ》
キリと戦闘になった彼女は、どきどきと胸を鳴らして、心の叫びを上げる。
あのキリと、一対一での戦闘。
でもそれは、いい。もうそのこと自体は、覚悟を決めた。自分も忍だ。力の限りを尽くして戦ってやろうではないか。
今一番怖いのは、キリではない味方のほうなのだ。
キリ相手に怪我をするなと、告げたイチカが何よりも怖い。
絶対に許してくれないだろう。死んだら確実にイチカに殺される。
死んだら殺すという矛盾して実現不可能なそれが、とても怖い。重圧が凄過ぎる。
そんな極度の緊張と集中で、呼吸をするのも忘れ、浅くなった息を整えている中で、イチカとナガレの会話は始まった。
イチカが、ひとつひとつナガレへ隠蔽された真実を伝えていけば、ナガレはふわりと変わらぬ笑顔でそれを否定する。
ナガレとイチカの対話が進めば進むほどに、樹の里のメンバーは、何とも言えぬ不思議な感覚に陥った。
今、目の前にいるナガレは、本当にあのナガレなのか。
いつも穏やかで、情に溢れていて、物腰柔らかで。四十になろうというナガレに、惹かれている女性は数えられないくらい居て。
ナガレを慕う者は、自分たちを含めて、施設にはたくさんいた。
そう。樹の里の〈ナガレ〉とは、そういう人物だった。
イチカ「ナガレさんキリを……返して!」
だから、ナガレが悪行の数々を、自ら認めても。
ナガレ「返す? ははっこれは、元から私の物だよ。幼い頃から育てた私の最高傑作だ」
どこか信じ切れないというのか、信じたくないと、そう思ってしまう。
ゆっくりとため息のような息をついたナガレは、イチカを、そして樹の里の一人一人に目を向けて、眉を下げた。
ナガレ「それにしても……悲しいね。君たちまで始末しないといけないなんて」
『え?』
イチカ「っ、危ない!!」
ほんの少し意識が逸れた隙に、瞬時に間合いを詰められた。ナガレに振りかざされたクナイは、間に入ったイチカによって阻止される。
イチカ「しっかりしなさい!! みんな、目の前にいるのは敵よ!」
『『っ…!』』