第77章 後退と前進と
キリ.シノ「………」
シノの無言の重圧。
真っ直ぐに見つめるその視線から、思わず逃げて、逸らしてしまった。
キリ「………前より。良くはなってる、から」
うまく誤魔化して流してしまいたかったが、白旗だ。
こちらの完全敗北である。
キリ「……あなたは、どうしていつも気付くの。隠していたつもりだったんだけど」
特に今日なんかは、ひた隠していたはずなのだが。こんなにすぐに周りに露顕するようでは、本当にまいってしまう。
はぁ、とため息をついてそう言えば、シノは修練場に向かって、ゆっくりと歩き始める。
シノ「人の事を理解したいと、強く思った出来事があった。それから、人の表情や空気の変化に敏感になったように思う」
それにしても、少し敏感過ぎやしないかと思いながら、キリもシノの隣に並んで歩き始める。
シノ「中でもキリ。お前はわかりにくい方だ。お前が認めるまで、確信は得られていなかった」
キリ「!!」
「あともう一度、気のせいだと言われれば、頷いていただろう」とシノは告げる。
キリ(やられた……)
シノの態度に、完全に理解した上で言っているのだと思わされた。
カマをかけられたのに、まんまと引っかかってしまったのだ。
キリ「あなたって……少し意地が悪いのね」
シノ「そうでもしなければ、お前は言わないだろう」
サングラスの下で、少し細められた瞳に、キリは苦笑いを浮かべるしかなかった。
そして。もしかしてと、ある疑いが浮上する。
キリ「……前に病院で会った時も、確信はなかったの?」
あの時も、シノは辛そうだなとそう言って、相談に乗ってくれたが。
シノ「いや、あの時は完全に分かっていた。あれは俺でなくても、わかる奴はわかるだろう」
「あの時のキリはそれぐらい、わかりやすく参っていた」と、そう言われる。
シノ「だが今日のは、半分半分といったところか」
キリ(半分、半分……)
もしかしたら、そうなのかもしれない。その程度だった認識に、乗っかってしまった自分を恥じる。