第77章 後退と前進と
そんな風に思う事は、キリに良くしてくれる医療員の彼女に、申し訳なく思うが。
以前は嵐の日の海のように大時化だった感情。
それが、今では穏やかな水面に、時折小さな波が打つ程度。
この小さな波も、いつか消えてくれるだろう。
キリ(あともう少しだけ……ごめんなさい)
そんな思いを馳せながら、キリは目的もなく、気の向くままに足を進める。
空に浮かぶ真っ白な雲が、ゆるやかに形を変えながら流れて行くのを、ぼんやり見上げて歩いていれば、聞き覚えのある声に呼ばれた。
シノ「キリ」
その声のもとへ、空から視線を落とせば、サングラス越しにこちらを見ているシノの姿があった。
そしてシノは、こちらへゆっくりと歩み寄った。
シノ「前を見て歩け」
「そんなに上ばかり見ていては危ない」と注意してくれるシノに、キリは小さく目を細める。
キリ「ありがとう。でも大丈夫」
周りの気配には気を配っていると言えば、シノは「そうか」と、声を落とした。
シノ「お前には要らない世話だったな。ヒナタやキバがやろうものなら、高確率でぶつかるだろうが」
キリ「ふふ、ヒナタは確かに何処かへぶつかりそうね」
そんなあながち冗談でもない冗談に笑って、シノは疑問を投げかける。
シノ「こんな所で何をしている」
キリ「検査をしに病院に。今はその結果待ち。あなたは?」
シノ「俺は修業に行くところだ」
キリ「一人?」
シノ「ああ。なぜなら、ヒナタもキバも今日は親に修業についてもらうからな。俺の親父は任務に出た」
キリ「そう」
それなら、キリも検査結果を貰った後に、シノの修業に合流出来ないものか。
シノとの修業は、中々有意義なものになりそうだ。
キリ「今からすぐに行くの?」
シノ「ああ。そのつもりだったが……」
何かを考え込むようなシノの様子に、キリは小首を傾げた。
キリ「何か?」