第76章 これが幸せ
…………………………
その日の夜。
日向の宗家には、その当主を訪ねる者がいた。
ヒアシ「………なんだ」
「こんな夜更けに」と、その人物に声をかければ、すぐに襖が開けられる。
シカク「よっ」
酒を片手に掲げて、少しバツの悪そうな顔で笑うシカクに、ヒアシは硬い表情のまま視線を向ける。
ヒアシ「何の用だ」
シカク「いやぁ、今回は随分世話になったな。こう、無事の報告も兼ねてだな……」
ヒアシが自分を運んでくれたと、そう聞いた。もう無理だとカツユから言われながらも、休むことなく木ノ葉まで駆け続けてくれたのだと。
ヒアシ「それなら、今日キリから聞いた。二度も要らん」
ピシャリとそう言われて、シカクはぽりぽりと頭をかいた。
そして、冷ややかで鋭い視線がヒアシから送られる。
ヒアシ「この死に損ないが。さっさと家へ帰れ」
シカク「……悪かった、そんなに怒んなよ」
ヒアシ「誰も怒ってなどおらん」
その普段よりも低くて、一層棘のあるその声が、怒っている何よりの証拠なのだが。
シカク「あのなぁ! 俺だってな、あんな風にお前に最期の伝言みてぇな事しちまって、恥ずかしいったらねぇんだぞ!?」
ヒアシ「知らん。お前が勝手にやった事だろう」
シカク「ぐっ…」
言葉を詰まらせたシカクに、ヒアシは顔を戻して、目線だけをシカクにくべる。
ヒアシ「ああ、だが思い出した。そういえば、キリの事を頼むだの、お前になら後見人を任せられるだの、本当は頼りにーー」
シカク「だぁぁぁぁあ!!!! だから悪かったって謝ってんだろうが!!」
羞恥で顔に紅葉を散らしたシカクに、ヒアシはふんと鼻で笑った。
シカク「くそ、なんだって俺はあんな小っ恥ずかしい事書いちまったんだ」
誰か時間を戻してくれと、そう思う。
シカク「あーとりあえず、よ」
ヒアシ「なんだ」
シカクは、酒瓶を掲げて、ゆらゆらとそれを揺らした。
シカク「入っていいか」
ヒアシ「……好きにしろ」