第74章 失くしたもの
ヨシノが泣いているところを見るなど、これまでの人生で、数えられるぐらいしかなかった。
それも、こんなにも辛そうに涙を流しているところは、初めてだ。
普段ならば、人と比べてもかなり早いはずの頭の回転。
それが、今は完全に停止している。
この歳になって、頭が真っ白になるなんて。この先だって、もうないのではないか。
ヨシノとキリへ視線を行ったり来たりさせて、あ……だとか、う……だとか、まるで言葉になっていない声をもらすことしか出来ないシカクを横目に、シカマルは立ち上がる。
そのまま、すたすたとドアの方へと歩いていくシカマルに、シカクは慌てて手を伸ばした。
シカク「ま、待て! シカマル!!」
どこへ行くつもりだと言って、冷や汗が滝のように流れているシカクを、シカマルはチラリと一瞥する。
シカ「だから、忠告したじゃねぇか」
今なら何でも、乗り越えられるのだろう。せいぜい頑張ってくれと、そう言い残して、シカマルは治療室のドアに手をかける。
シカク「シ、シカマル! 置いていくな!! 頼む! 待っ」
バタンと、無情に閉じられた治療室のドア。
ドアが閉まる直前まで、シカマルを引き止めるシカクの声が聞こえていたが、もう、限界だった。
シカ「……っ………」
そのまま、閉じたドアにもたれかかったシカマルは、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
シカ「くそっ……」
生きていた。
シカクが、生きてくれていた。
もう絶対に無理だと思っていたあの笑顔で、笑ってくれた。
シカマルの瞳から、これまで抑えていた涙が溢れ出る。
シカクを失った悲しみとか。
悲しむヨシノとキリの姿とか。
シカクに変わって、みんなを支えなければいけないとか。
シカクの跡を継ぐとこだとか。
シカクが生きていた喜びだとか。
ごちゃごちゃになっていた感情と、重圧が、一気に解放されてしまって、もうこれ以上、せり上がってくるこの涙を堪える事が出来なかった。
シカ「あんまり心配、かけさせんじゃねぇよ……くそ親父……っ」