第74章 失くしたもの
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シカクが眠る集中治療室に、バタバタと騒がしい足音が聞こえる。
ヒナタ「キリちゃん!!!」
キリ「……」
部屋の前で佇んで、どこにも焦点が合っていないキリの瞳は、ぼんやりとただ床を見つめていた。
そんなキリに手を伸ばしたヒナタが、キリに触れた時、ようやくキリの視線が動いた。
ヒナタ「っ……」
影を抱えて、あまりにも濃い哀しみを背負ったその瞳に、ヒナタはじわりと視界が滲む。
ヒナタ「キリちゃん」
キリ「ヒナ、タ……?」
キリの瞳が、ゆっくりとヒナタを認識する。
ヒナタ「キリちゃん」
キリ「ヒナタ……」
冷たくなっているキリの手を握れば、キリはおぼつかない足取りで一歩、ヒナタへと歩を進める。
ヒナタ「キリちゃ……っ」
キリ「ヒナタ……っ!!」
ぼたぼたとヒナタの涙が流れたのを見て、それをきっかけに、キリの勢いよく涙が溢れ出した。
キリ「っ、うっ……シカ、クさんが、っ」
ヒナタ「っ……」
ぎゅうっと力いっぱいにキリを抱きしめれば、絶え間なくキリから嗚咽がもれる。
ヒナタ(キリちゃん……っ)
普段のキリとは、まるで異なるその姿。
どうして、天はキリにばかり、こんなに辛い未来を歩ませるのか。
キリがヒナタに、どれだけの優しさとあたたかさをくれたことか。
深い禍根のあった宗家と分家の橋渡しまで、してくれた心優しいキリが。
たくさんの幸せを与えてくれたキリが。
どうして、こんなにも傷付かなくてはならないのか。
それが、ただひたすらに、辛くて悲しくて仕方がなかった。