第68章 雨傘
雨は、もともと嫌いではなかったが、今はこの暗い空がひどく落ち着くようになった。
青い空に白い雲が泳げば、青空を好む彼がよく「雲はいいよなぁ」なんて呟きながら空を見上げていたから。
夜空に星が輝くと、一緒に流れ星を見たあの日を思い出してしまうから。
キリ(……ちょうどいい)
強まる雨足も気に留めずに、キリがゆっくりと里内を歩いて、家路についていた時だった。
キリ(しまった……)
ぼんやりしていた事もあるが、この雨が。音や匂い、人の流れを遮断していた。
それによって、気付くのが遅くなってしまったことに、キリは自分の軽率さを責め立てる。
少し離れた場所の曲がり角から、現れた人物を認識して、キリの目はまんまるに開かれた。
キリ(っ……)
その向こう側には、同じく目を見開いたシカマルの姿。
ばっちりと合ってしまった視線に、二人の体はピタリと停止する。
この強まり続ける雨の中、慌ただしい周囲とはまるで違う時間が流れているかのように、二人の周りだけが静かだった。
キリ(……!!)
次の瞬間、驚きを隠せない様子だったシカマルの表情が、眉を下げた微笑みに変わる。
嬉しいような、はたまた愛しいような。そんな表情を浮かべるシカマルに、キリの胸は高鳴りがやまない。
キリ(あ……どう、しよう)
タッとこちらへ駆けてくるシカマルに、急激に速さを増していく鼓動は、自分で制御出来るものでは到底ない。
あとから、この時すぐに立ち去れば良かったと頭が働いたが、今現在のキリには真っ直ぐにこちらを見つめて、そばへと駆けるシカマルから目を逸らすことは出来なかった。